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<<   作成日時 : 2013/11/27 09:32   >>

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 これまた長い付き合いの,気さくな監督さんから初めて誘われて,高槻まで出かけてきました。本部のトロフィーを何気なく見ると・・・。

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 なんとポニーテールの女性がボールをけっている像が鎮座ましましております。これもなでしこ効果なのでしょうね。私は,自分チの大会では,女神にすることにしていましたが,選択肢が増えました。

 さてゲームの方は,終わりのミーティングでProfessorが「今日のホストチームさんに頂いたトン汁は美味しかった。今日よかったことはそれだけ!」と語ったようなことで推察してください。私はその時「いや。天気もよかった。」と茶々を入れました。ある風景を思い出したからです。

 緑のユニフォームのチームの時代です。私は40歳前後。元気でしたね。北上に関わりだした頃です。一度に3チームに関わるという暴挙に出たこともあります。あの体力はどこへいったのでしょうか?

 狭いけれどグラウンドは使い放題。夜間照明も使える。ミーティングルームもあるという恵まれた環境です。火,木曜日の平日練習も行っていました。スタッフも私が監督で,思い切り明るいコーチと思い切り真面目な若いコーチと,ドイツB級ライセンスを持つドイツ人コーチという充実したスタッフでした。

 しかし,チームは強くはなかったのです。これは,その地域がとても子供が少ないという環境だったからです。これはしようがないと思います。

 さてドイツ人コーチです。以下頭文字のPと記します。Pはとても有能なコーチでした。大体新聞記者ができて,通訳ができて(6ケ国語。スワヒリ語と日本語含む)ドイツケーキ職人できてという人物ですから,推して知るべしです。サッカー歴も1860ミュンヘン(ブンデスリーガ)で,サテライト位まではいったそうですから,かなりのものです。ドイツB級ライセンスは,それで食っていける資格です。

 彼は,ドイツではブルーカラーコースの学歴の人間です。今は知りませんが,ドイツは中学校に上がる前に,ホワイトカラーコースとブルーカラーコースの進学先を決めることになっているのです。日本の教育はどこかおかしいですね。

 Pは「世界でサッカーが一番強い国はドイツ。」と信じていました。そしてグラウンドに少し遅れていった私を叱り飛ばすくらい,サッカーに熱心でした。当時京都の有名洋菓子店に勤めながらコーチしていたのですが,活動には皆勤賞でした。いつもトレーニングにはドイツ語で指導案を書いてきて,私たちに説明してから指導していました。

 彼と過ごした時期は,本当に勉強になりました。トレーニングのすべてを完全に任せたのはPとProfessorだけです。そう言えば,どちらもPがつきますね。これからはPのつくものを大切にしてみます。

 さて思い出話で前段が長くなり過ぎました。もうすぐ来客なので,以下次回にします。Pのことと今のチーム状態で繋がることがあるのです。

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